「おい、どうしたんや、早うせんかいツ」
叔父はもういらいらして奥にむかってどなりつけた。
「さあ、それが、早う……ほんまに、どこいったやろなあ、ほんまに……」
伯母の声は困ったように言ってはいるが調子はのんびりしたものであった。
「ええい、しんきくさいやっちゃなあ」
とうとう叔父が立って行った。
「ばかもん、何しとんね、帽子ぐらいに」
「そやかて、あんた………」
「そやかてもへったくれもあるかい、第一お前がちゃんとしもとかんさかいじゃ」
「ちゃんと、しもといたんでっせ、新聞紙につつんで」
「それをどこにおいたんや」
「さあ、それがわかったらええのやが、どこえしもたやろなあ」
「ちぇつ、ほんまに、お前は、あほにどがつくで」
「あほですんまへんなあ、そんなんやったら、あんたはんがおしまいやしたらよかったんや」
「なにおっ」
これはどうもとんだ事になったものだ。私は奥座敷の成り行きが心配になったが、止めにはいるのも照れくさいし、といって、今更、立ち去るわけにもいかず、もじもじして坐っていた。
「あっ、あった、あった、これや、これや」
伯母の嬉しそうなすっとんきょうな声が、とんで来た。私もほっとした。
「かせっ」
叔父がひったくったらしく、そのまま表の間に出て来た。
「これやね」
叔父は坐りながら古新聞をばりばりと開いた。中から出て来たのは古色蒼然たる焦茶の縁のふちがまくれ上った老人向きの中折帽であった。
「これで、ものはなかなかええのやで」
ものがええも悪いもない、これ程の事のあった後であっさりいりませんとはいかにもいいにくかった。
「はあ、すんません」
と手にとると、伯父はぽんと手をたたいた。
「さあ、これで、帽子は出来たと」
私は膝の上でその帽子をひねくり廻していた。まだ、そうしてもそれをわが頭にのせるだけの決心はついていなかった。奥では伯母が放り出したものを又押入れにいれたり、箪笥の引出しを元に戻したりしているようだった。気の毒になって、一ぺんかぶってみなければ悪いようなきがしたので、そいつを頭にのせてにやーとお愛想笑いをしてみせた、そしたら叔父が苦酢っぱいような顔をした。
―ざまあみろ、こんなものをかぶせやがって、これが帽子が出来たもないもんだ、いかになんでも、よく似あうとは言えねえだろう、どんなもんだい―
変な凱歌をあげて、帽子を頭にのせたまま二階に上ってしまった。
(月刊『SANA』(サーナ)第55号(1954(S29).1.1、真生活協会)より