九月になって早々、職員会が開かれた。いろいろ新学期の予定などが打合わされた後で、校長が
「坂本君」とわが五学年の学生主任の坂本先生をよんだ。
「はい」坂本先生は五十才に近いおとなしい先生である。
「又、例によって二学期から五年生の予習教育をはじめてもらわにゃならんですな」
「はい」坂本先生は丸刈のゴマ塩頭を下げた。
「予習教育って何ですか」
私は小声で隣席の坂本先生にたずねた。先生はひどく狼狽したようで私を抑えるような手つきをして、
「そ、それは、その」
と吃った。すると向う側にいた教頭がひきとった。
「中学の入学試験の予習ですよ」
彼は、今更何を云うんだというような顔で、煙草の煙を輪に吹いた。
「それなら法律で、禁止されている筈です」
私のこの一言は効果的であった。一瞬全体がしーんとしてしまった。教頭と校長は苦い顔を見合せた。大部分の人がうつむいてしまい、法本と島田と、町野先生だけが顔を上げていた。法本は眉をぐっとよせて、校長や教頭の方をみていた。島田はやったぞ、やったぞというような顔をして、目を輝かせて校長と私とを見くらべていた。町野先生は私はよく見られなかったが、何か懸命な視線を私の片頬にかんじた。
「だがね、小杉君」
校長は両手をテーブルの上で組み合わせた。
「予習教育は、今では公然の秘密だよ」
「だが、正しいことではありません」
「でも、中学が競争ではいる以上、自分の教え子が一人でも多くはいってくれるように、特別に勉強をみてやることは教師としての情ではないだろうかね」
「それで、放課後特別に残して勉強させるわけですね」
「そうなんだよ」
校長は、形勢が逆転したと思ったのか、機嫌がよかった。
「それでは伺いますが、中学へ行けない子供は勉強をみてもらえずに早く帰されていますが、あれはどうなんでしょうか」
「…………」
「ああいう子供は、放っておいてもいいのですか」
校長は苦り切った顔をした。島田がますます嬉しそうな顔をして私を見ている。この頃になると、大部分の者が顔を上げて興味ありげに校長と私とを見くらべはじめた。唯、坂本先生だけは、学年主任として自分の責任とでも考えているのか、非常に恐縮して頭を下げたきりであった。
「それぁ、君、あんなもの教えたって、無駄だよ」
と、教頭が校長の方をちょいちょい見ながら云った。校長に助け舟を出しているつもりなのだろう。
この馬鹿野郎と思った。
「あんなものとは何ですか」
「あんなものとはあんなものだよ。人間の屑みたいなもんさ、教えてみたってどうにもならんさ」
彼は、また煙をふうーと吹くと、椅子にそり返った。
「それで早く返してしまうんですか」
「その方があの連中も喜んでるだろう」
「喜んでいると、直接子供から、或は子供の親たちからきかれましたか」
「そんなこと聞いてないよ」
「それでは、本当のことはわかりませんね」
島田がくすくすと笑った。
「うるさいな、君は」
教頭は蒼ざめた顔で私をにらんだ。煙草をもった手がふるえている。
「一体全体、予習教育はやるのか、やらんのか」
彼はおどかすように大声を出した。もうこちらの勝である。私は静かに答えた。
「やりませんよ」
「う、う」
教頭は唸って、ふるえる手で煙草を灰皿にぐっぐっと押しつけた。
「大体、君、先程も校長先生がおっしゃった様に、一人でも多く中学にはいれば、子供もよろこぶ、学校の名誉にもなる。元来、この学校の入学率は本市でも十指の中にはいっているのだ。君は子供が中学にはいることを喜ばぬのか、君には教育者としての愛がないのか」
「やかましいッ」
私はいきなり椅子を後にひいて立上った。全員がギョッとして私をみた。法本でさえ、はっとしたようであった。私は割に頭の方は冷静であった。ただ体の方が全体かっかっと燃えるようであった。
(月刊『SANA』(サーナ)第62号(1954(S29).8.1、真生活協会)より)